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《表紙》 伊藤痴遊全集 (タイトルの右側に)天下一品! (タイトルの右側に)維新講談の集大成! (タイトルの左側に)全十二卷 (タイトルの左側に)一冊一圓 (タイトルの左側に)豫約募集 (タイトルの下側に)東京麹町 (タイトルの下側に)平凡社 (表紙右下に)小島印刷株式會社 《見返し》 (見本写真の上側に)見よ此の偉觀! (見本写真の左側に)四六判・七百頁・上質紙・總模様背金文字上製函入 (見本写真の下側に)装幀縮寫 《1ページ目》 (上側に)伊藤痴遊全集 (右側に)明治維新の大人物が一人残らず活躍する! (左側に)驚天動地の大場面が絵巻の如く展開する! (中央部本文) 史實講談の創始者としての大才痴遊先生は政治家として亦衆議院の一角に獨特の光彩を放つ伊藤仁太郎氏である。人も知る、痴遊先生獨演會が常に萬人大衆の大人気を呼ぶやうに、痴遊先生の講談書ほど常に多くの愛讀者を有する本はない。 材を偉人傑士雲の如く輩出せる幕末にとり、これに連關するあらゆる事象を講談的通俗讀物として萬人大衆の胸奥深く訴ふるもの、實に痴遊講談獨特の持味である。俗事を扱うて野卑に堕せず、人情を語つて風格を保つ、そこに所謂文学者流の遠く及ばざる高さがあり深さがあり、同時に青年子女の人格教育的意義がある。 本全集は、痴遊先生四十年来大苦心の精彩陸離たる大著述全部につき、先生自ら意に滿たざるは改め、足らざるは補ひて完璧無比なる維新講談を集大成したるもの、願くば大方の賛襄を得て廣く江湖に普及せしめ得ば、啻に小社の光栄のみならず、世道人心に裨益するところ尠なからざるを信ずる。 《2ページ目》 (欄外右側に)本全集中に活躍する幕末明治の偉人傑士! (似顔絵の下に氏名)木戸孝允・三条實美・後藤象次郎・吉田松蔭・大久保利通・大村益次郎・福澤諭吉・板垣退助・副島種臣・江藤新平 《3ページ目》 (欄外左側に)現代日本は此の人々によつて建設せられた! (似顔絵の下に氏名)岩倉具視・西郷隆盛・佐久間象山・大隈重信・高杉晋作・伊藤博文・山縣有朋・坂本龍馬・井上馨・勝安芳 《4ページ目》 (大字で)幕末から明治初年の日本はこんな面白い時代であつた! 日本の歴史に、最も面白い時代が四つある。第一は建國の當時だ。第二は大化改革の時だ。第三は戦國の時代だ。第四が幕末から明治初年へかけての維新時代だ。特に維新時代は新しいのと今我々が住んでゐる今日の日本が、此の時に開けたゞけに我々の心に一番強くひゞく。 此の數年來、劇や映画で、人気の中心になつてゐる大衆文学の多くは維新ものだ。一方では学界で維新時代の研究が段々盛んになつた。維新時代が、かくまで今の人の心を惹くのは、現在の日本が何かにつけて行き詰まりを感じさせ、一つ大きな改革が起らんかなあ!といふ氣持ちが、誰の心にも流れて居るからでもあらうが、それよりも一層切實な理由は、第一、維新から明治初年にかけての日本の事情が、如何にも面白いからである。 何せ、三百年間、武力で身を固めて來た徳川幕府が叩き倒された時代だ。長州の志士や薩州の豪傑が、京都の所司代を脅かしたのから幕が開いて、有爲な公家達の暗中飛躍となり、雄藩大名の蹴起となり、鳥羽伏見の戦争から東海道の遠征、江戸城の陥落から奥羽函館の戦争、白刃と砲煙とは全國に渦を卷き、血の雨は到る所に降つた。如何なる名監督も現はせない活劇混亂のテンポが、嵐のやうに湧き起つて行つて、封建時代の権力は引つくり返つた。 そうして明治の新日本が生まれた。 ところが、これが又無事平安な時代ではない。大変動の直後だけに、人の心は火事あとのやうに騒がしい。外國との間に面倒な交渉も起る、新政府を倒さうとする陰謀も曝露すれば、不平士族や農民の騒動が勃發する。そこへ政府部内の暗鬪もあり 《5ページ目》 財政はカラカラに缺乏する。 癈藩置縣、秩禄の買収、斷髪令、癈刀令など、舊時代の名残りを打ちこわして行くと共に、徴兵制度、學校制度、町村制なども布けば、公債も發行する、銀行會社も起す、汽車や電信がバテレンだなんて言はれながら西洋文化をドンドン輸入する。それでとうとう新日本の土台が固まつた。 その次に起つたものは自由民権の大運動と、民間、富豪の活動とで、こゝから又花々しい一幕が開けて來る。 火事ほど人が集まるものはない。ヂヤンヂヤンと來る半鐘の響きはワクワクと胸にこたへる。維新時代は日本中が大火事になつて、焼跡へ大急ぎで新建築が出來たやうな時代である。 かういふ混亂激變の時代には、大人物は思ふさま腕を振ふことが出來る。女も子供も奮ひ立つ時代こそ偉人豪傑の活躍の舞臺だ。繪卷物や物語りそのゝの、英雄時代が數十年間續いたのである。 痴遊先生の講談は、此の時代の日本の、急所々々を掴み取つた大衆文学である。殊に、話の筋を人物の傳記で行くだけに、すべての事件が本當に活きて來る。況して、痴遊先生は政治家としての一かどの抱負と經倫とを腹の中に潜めて居るだけに、その話には犯し難い熱が籠り眞實が流れてゐる。 要するに、世界史上に珍しく面白い時代の後へ痴遊先生のやうな天才が生まれたからこそ、こんな面白い讀み物も出來上つたわけなのである。 (左端に大字で) その時代が手に取る如く 眼前に展開する『痴遊全集』! 《6ページ目》 (上側に)幕末明治の實話文庫! 第一卷 西郷南洲 前篇 不世出の英傑西郷南洲を産める薩藩の事情から説き起して、從來世に傳はらざりし島津家御家騒動の秘話を語り、西郷の生立よりその活躍と波瀾を叙し、幕末多事の時勢を如實に描出して事件の大小遺す所なく、王政復古の偉業より明治新政府となりての諸問題に及び、征韓論の衝突から西郷歸國の顛末までを述べたもので、感激と興味と相俟つて、而も變化極まりなき場面の展開は、例へば伏見寺田屋の惨劇あり、或は伏見鳥羽の戦ひ、長州征伐、宮島談判、駿府城の會見、更に又、西郷勝両雄の江戸城明渡しの談判もある。幕臣最後の奮闘としては、彰義隊上野立籠りの一齣がある。明治に入りては、封建の殘骸を葬れる癈藩置縣のいきさつあり、いはゆる征韓論の紛糾あり、かくて西郷の辭職歸國を以て、場面は再び薩南の郷土に復り、西郷の悠々自適となつて、此の前編は結ばれて居る。 第二卷 西郷南洲 後篇 西郷辭職後の政府の内情を始めとして、西南の風雲漸く動き來る形勢より、遂に西郷の擧兵となりて凡そ半歳の戦亂を續けたる状況、及び其間の逸話、秘聞を敍して、一卷の西南戰史を成し、西郷の城山終焉を以て局を結び、添ふるに僧月照の傳を以てし、幕末勤王史の多難なる局面を描出して居る。此の編を繙けば、かの私學校の實況や、薩南健兒の面目は躍動し、また西郷がたゞ天なりの一語を以て一身を配下の子弟に捧げたる悲愴の心事を知ることが出來る。かくて、城山終焉の場面に、英雄を弔ふの情を催すと同時に、その城山より指顧の間に在る薩摩潟の月明に、月照西郷入水の情景は、亦た無限の感慨を誘ふのである。若し夫れ、西南役中の一大事件たる熊本籠城の一齣には、思ひ半ばに過ぐるの困難缺乏と、花々しき将士の奮戰が描き出されて居る。 第三卷 木戸孝允 維新三傑の對照論より始めて、先づ木戸の特質を明かにした上、その出生より逝去まで、一代の傳記を綴つたものであるが、幕末紛糾の時勢を背景として、才氣煥發の活躍を試みた桂小五郎時代の豐富なる劇的波瀾の物語から、新政府樹立以後に於ける先覺的政治家としての面目を示す意見、進退、功績、逸話、及び西郷大久保其の他諸人物との關係に至るまで、縱横に詳敍し盡して居る。 《7ページ目》 (上側に)維新日本建設者物語! 壮烈なる櫻田事件あり、坂下事件あり、光彩ある薩長聯合の經緯あり、攘夷論の現れとして御殿山の燒打事件あり、生麥の夷人斬あり、文久の政變に、七卿長州落の一齣もある。血腥き浪士横行の場面の中にもまた侠妓幾松の情史がある。同情すべき會津城の哀史もあれば、また溌剌たる新政府成立の状況も描出されて居るのである。 第四卷 大久保利通 維新の風雲收まりて後、明治政府第一の權勢を謳はれたる大久保利通を評傳して、興味深く、その性行、事績、逸話を語つたものである。從來世に知られざりし島津家秘話を公開して名君齊彬の世を説き、西郷大久保等生立ちの頃を描出して大久保の本傳に進む。大久保利通その人の經歴に關する事柄は固よりであるが、島津家騒動の物語としては、所謂秩父崩れの眞相、お由良事件の顛末と近藤崩れ、或は又、薩藩の密貿易發覺事件等、幾多の問題ありて、本編に活躍する人物の種類頗る多く、忠臣あり、奸物あり、薄命の美人もあれば、また野心を抱くの寵妾もある。山中の修法に餘念なき異様の武士もあれば、呪詛せられて夭死する可憐なる若君もある。更に明治の新政について、西郷木戸両雄との關係を詳説し、征臺問題、大阪會議、征韓論の始末等については、世に傳へらるゝ謬説を排して、大久保の人格を如實に現はし、その悲惨なる最期の眞相が最も詳密に語られてある。 第五卷 乃木希典・吉田松陰・高杉晋作 萬人敬慕して措かざる乃木将軍の崇高なる人格風●を傳ふるは固より、赤裸の人間としての苦悶や、惨憺たる修養鍛錬の跡を敍して、深刻なる人生小説以上の内容を有するものは此の乃木傳である。幼少刻苦の可憐なる物語から、不羈放縱の少壮生活と、婦人關係の顛末、或は結婚と別居事情の眞相、或は西南役中の聯隊旗紛失事件、将軍夫妻殉死事情などの頁を開いても感激に充されて居る。 吉田松陰の傳には、幾多の志士を殺せる安政疑獄の事情をはじめ、鎖國の夢漸く破れんとして而も傳統と新機運の戰ひに惱める當時の時代相を描寫し、かの松下村塾の教育ぶりに松陰の眞面目を高調し、併せて門下俊秀の人物逸事にも及んでゐる。 高杉晋作の傳は、奇兵隊の活躍、下關の外船砲撃事件、その他痛快淋漓たる逸話、奇聞を語りて餘蘊なく、颯爽たる快男子の面目眞に躍如たるものがある。 《8ページ目》 (上側に)萬人愛読の修養叢書! 第六卷 坂本龍馬と中岡慎太郎 幕末紛糾の際、薩長聯合の事を策して、倒幕の大勢を導いたものは、南海の俊傑、坂本龍馬と中岡慎太郎である。維新人物中の花形として、當時の活舞臺に最高潮の場面を演出したのがこの二人である。劍槍を潜り死地を踏みながら縱横の奇才を揮ひ、右に西郷を握り左に木戸を捉へ、忽ち天下の活機を動かして、維新の大業を成さしめたる前後の波瀾曲折から、時代の形勢や諸多人物の關係まで、如實に描き出して、當時の状勢を目前に見るの感あらしむるものが即ち本書である。 新撰組の襲撃に、悲壮の死を遂ぐる最期の美しさに、餘韻盡きざるものがあると同時に、相國寺畔の薩邸に、西郷木戸と會して、聯合盟約の斡旋を遂げ、一夜琵琶を彈じて木戸の行を送る別離宴上の、悠々たる英雄の心境に無限の味ひがある。 第七卷 伊藤博文と井上馨 眇たる農夫の子に生れ、足輕から立身して少壮の頃既に幕末多難の長州藩中に、目覺ましき活躍を爲し、維新史上の一人物となつて居るばかりでなく、明治の政治家として長く顯栄を極めた伊藤博文の生涯が、光彩奕々たるものであることは云ふまでもなく、一代の波瀾經歴は實に小説以上の興味である。 井上馨は、伊藤博文と並んで、殆んど兄弟の如き情誼を續けた人物である。明治の政治家としての地位も、後年は國家の元老として重きを爲して居たのだから、以て勲功の高きを想ふに足るのである。青年時代には、英國公使館燒打事件や、或は英國密航の事、藩政關係の活躍から袖付橋の遭難、それに引續いて別府放浪等、幾多の波瀾があつてその經歴の興味に富むことは、伊藤にも優り、後年財界との深き關係にはまた特に興味深きものがある。 第八卷 快傑傳 維新前後から、明治大正にかけての時代に活躍せる各種の人物中、特に興味あり且つ時代的に意義のあるものを選んで物語風に傳したものである。奇傑頭山満の巨人ぶりや飄逸ぶりも躍如として現はれ、珍らしき犬養木堂の逸事もあれば、福澤諭吉の異彩も寫されて居る。奇人中江兆民と西園寺公望の關係を讀んで、今日の西園寺公に對照すれば 《9ページ目》 (上側に)深く心に泌む處世讀本! 無限の興味が湧く。その兆民と並んで一代の奇人と謳はれた中井櫻洲と兆民の腕競べも頗る面白いが、陸奥宗光や小村壽太郎の面目も躍動して、人間味の深い敍述がある。古河市兵衛や、天下糸平の人柄も語り得て最も妙に、江藤新平の最期に劇的感激を誘ふと同時に、孫文や張作霖の雄大な活躍も描かれてある。古くは頼山陽の赤裸々なる姿が示され、梅田雲濱の悲劇が語られ、また新撰組侠勇士の俤も躍動して居る。 第九卷 星亨と原敬 兇刃に斃れて三十年、善悪の評は未だ定らずして、而も政界難局の起る毎に、天下の人をして『星今在らば』の感を抱かしむる所、まことに不思議の現象であつて、その怪傑たり巨人たる所以も其處に在る次第であらうが、東京の築地小田原町で、名もなき左官職の子として生れてから、窮苦を極めたる幼少時代を經て、覇氣満々たる青年時代の飛躍に入り更に中央政界の大立物となつて、縱横無盡の活動をつゞけた一代の經歴を敍し、天下の問題となつた政界幾多の事件は、表裏眞相を明らかにし、一世の攻撃を浴びても毅然として所信を斷行した星の風●や、その面目を如實に傳へし上、日常生活の有様や、性格の一斑を語り、人事關係の方面にも、詳密なる敍述を試みて、星の評傳を成し、進んで星と特別因縁深き原敬の傳を合せて此の一卷を編んだものである。 第十卷 維新秘話 王政維新の顛末より、進んで明治時代に展開起伏せる幾多の政治的諸問題の表裏を語り、内面的に政界波瀾の眞相を檢して、これを赤裸々の姿に現したものが本書である。維新より明治へ通じての側面史として、有益なる資料であるばかりでなく、取扱はれる事件や人物は、現代に最も近く、國民の印象なほ新たなるものがあるから、讀者の感興は特に深く、ひいては今日の政治に對する關心を募りて、自ら政治思想の普及をも促進するであらう。試みに本書の内容を略記すれば、徳川幕府倒潰から、政府成立の事情或は江戸遷都の經緯や、不平家の陰謀、或は政府部内の動揺と、數次の内亂始末、或は民選議院設立要望の機運が勃興した有様や、政黨創始時代の状況、或は、自由黨に關する種々の國事犯事件や、明治時代の各疑獄事件等の眞相が、つまびらかに語られてある。 《10ページ目》 (上側に)健全なる日本精神の涵養! 第十一卷 (海外雄飛)豪快傳 舊幕時代、人は鎖國の夢に酔うて殆んど海外問題を思ふものの無かつた頃、林子平は獨り醒めて、海國兵談の一卷に、先覺憂世の卓見を披瀝したのであるが、却つて幕府の忌む所となつて、不遇失望の裡に悶死した。けれどもこれより思ひを海外に馳するの傑人も漸く現れて、或は蝦夷地に入るものあり、或は更に海峡を越えて露領へ踏込むもあり、最上徳内、松田傳十郎、間宮林藏、近藤重藏等の活躍を見るに至つた。一面には高田屋嘉兵衛の雄飛もあつて、痛快なる國民進取の氣象は、それらの人々に依つて、海外に示されたのである。 本書は、それらの人物に就いて、感激に富む記述を試み、興味深き物語としたもので、アイヌ部落の戰争や或は奥蝦夷の探檢を事とする怪僧の出沒、其の他全篇に續出する珍談奇聞の上に汲めども盡きぬ傳奇的感興が漂つて居る。 第十二卷 明治暗殺史 内外の事情が入り亂れての我國空前の大變革たる維新大波瀾の跡であるから、明治の時代が、尚ほ過渡期の形を存したこと、藩閥官僚の政府が出現して永く續いたことも、無理のない所であるが、さうした政治形式の下には、どうしても政權を執る者の權力に對抗するに適法のない結果として、暗殺の如き非常手段が行はれたのであるが、今後の國民は、よく考慮して、さういふ非常手段を採らずとも、民意の正當に暢達するやうな政治を發達させる事に努力すべきである。 本書は、明治初年の暗殺事件として、未だに下手人の判らない廣澤參議暗殺の不思議な事件から、大村益次郎、横井小楠の暗殺や、憲法發布の日に出刃庖丁で殺された森有禮の暗殺事件或は、板垣大隈の如く、遭難はしても命の助かつた人々の遭難等について、事件の顛末、關係人物の交錯を描いて詳密を極めてをる。 これこそ眞に萬人感激の國民讀本! 思想國難とか何々國難とかいふやうな事の唱へられる状勢に鑑みて建實なる國民精神の涵養、將た歴史趣味鼓吹の必要を痛感する次第であるが、それを思ふと維新前後の人物評傳、伊藤痴遊先生の幕末秘史、明治大正改新など、最も權威ある研究及び興味深き説話は右の必要に對して實に註文通りのものである。 《11ページ目》 僕の講談と著述を始めた動機 痴遊 伊藤仁太郎 僕が、維新前後の事を材料に採つて、興味ある物語に仕組み、一種の話術を以て、世に傳へるやうになつてから、既に三十餘年になるが、これを始めた當時には、誰れ一人として、維新の舞臺を材料に、小説を書いた者もなければ、纒まつた歴史らしいものも、更に手を付けられて居なかつたが、近年になつて、急にそれを取扱ふ者が殖ゑて來たのは、まことに結構な事であると考へて居る。 初め、藩閥政府の言論壓迫で、政談演説を禁止された苦し紛れから、政治を諷刺した講談を始めたのが因で、長くやつて居るうちに、話術の趣味を覚え、同時に、維新史の頗る面白いものである事を知つて、それからそれへと、調べては語り、語つては調べして居るうちに、益々興味を覺えて、飯より好きな政治運動も止められないが、さればといつて、此の方も棄てる事が出來ず、どちらが本業か、判らないやうになつてしまつたのだ。 殊に、新式の教育が、追々に外國化して行く傾きがあつて、大切な日本の歴史が、疎略に扱はれるやうになつて來た結果、明治時代に最も近接して居る、維新當時の事は、殆んど學校教育の上から、疎外されて了つた。 そこで、僕は、維新の側面を語り、あの大變革がどうして起つたかといふ、その眞相を、俗談平話を以て、弘く傳へる事を、生涯の仕事に定めてしまつたのである。 その間には、書物も出したし、新聞雑誌にも、望まれるに任せて、寄稿して居たが、その長い間の苦心を、一つに纒めて、現代の人に讀んで貰ひたくもあるし、また後世に遺したくも考へて居るのだ。 幸ひ、平凡社から相談を受けて、僕の全集を出すことになったから、今までに、公けにして置いたものも、また篋底に收めて置いたのも、すべて一括して、從來のものには悉く訂正を加へて、出版する事になつたのである。 《12ページ目》 組方見本(維新秘話) 明治大帝時代の始 新聞の発行停止は、頻々として起り、言論に對する壓迫は、可成りひどかつたけれども、壓迫すればするほど、反對の氣勢は盛んになつて、大隈外相を擁護する演説會が、新富座に開かれた時の如きは、一溜りもなく聴衆のために蹂躪されて、忽ちに解散された、といふやうなわけであるが、それでも、大隈外相は、頑として反省せず、飽く迄も、押切らうとしたから、茲に於いて、不穏の計畫をする者が、各所に起りかけて來た。 三浦は、時も時、折も折とて、身は學習院長であるが爲めに、倶樂部まで出掛けて、意見は述べるやうなものゝ、それ以外に運動がましい事は、更に出來なかつた。 明治二十二年の九月十一日、學習院から歸つて來て、一息入れた所へ、親友の杉浦重剛が訪ねて来た。 「オー、杉浦か」 「ウム、今歸つた所ださうぢやね」 「學習院から歸つて、一息した所ぢや」 「内々で話したい事があるのぢやが、人に聞かれると都合が悪いから、別室にしてくれぬか」 「よし、書齋へ行かう」 三浦が先に立つて行く、跡から杉浦がつゞいて、二人は、書齋で差向ひになつた。 「話といふのは、何事だ」 「外のことでもないが、例の絛約改正の一絛ぢや」 「フム」 「どうしても大隈は、我を押通すさうぢやが、實に困つたものではないか」 「俺も、大隈に會つて、一應は勸告して見たが、彼奴、仲々肯き居らんで、俺も諦めて居るが、實に頑冥不靈とは、彼奴の事ぢや」 《裏見返し》 出るべくして出なかつた全集 某書店主の實話 痴遊さんの本は隨分賣れました。『西郷南洲』等始め大判の時には全部で十二三圓もしたでせう。それで飛ぶやうに賣れました。縮刷版になつてからも總定價四冊八圓ばかりでしたが、これがまたよく賣れましたよ。それが今度の全集には二卷に收まつてゐるのですから大量出版の功徳も有難いものですね。痴遊さんのものは、『南洲』ばかりでなく『維新快傑傳』にせよ『明治裏面史』にせよ、どれもこれも大變な人氣で賣れました。今でも盛に賣れます。伊藤痴遊全集こそ、眞に大衆の待ち構へてゐた全集でせう。出るべくして出なかつた全集が始めて出るのですから萬人大衆の喜びは恐らく大したものでせう。 豫約規定 一、全拾貳卷、豫約會員のみに頒ち分賣せず。 一、四六判八ポイント五十二字詰十九行總ルビ付紙質極上金風船ラフ五十五斤毎卷約六百頁。 一、本綴上製薄色ポプリン装總模様背金文字函入。 一、會費 毎月拂 申込金壱圓 會費壱圓 全卷一時拂は拾壱圓に割引す。 一、申込金は最終會費に充て中途解約者には返戻せず 一、送料 各冊金拾六銭、東京市内金六銭。 一、締切 昭和四年四月五日限。 一、配本 第一回配本(三月配本分)三月十日より。 四月以降毎月中旬配本。 直接御申込の場合は左記振替御利用願ひます。 東京麹町區下六番町 株式會社 平凡社 振替東京二九六三九番 《裏表紙》 本全集刊行のこと一たび傳はるや募集 發表前早くも貴衆兩院議員の殆ど全部 申込を豫約せらる! 豫約締切 四月五日限 申込所 第一回配本 第十卷 維新秘話 (顔写真の右側に)著者伊藤痴遊氏近影 (下側に)東京麹町 平凡社 振替東京二九六三九 |