風来山人『風流志道軒伝』

(宝暦13年〈1763〉刊)


巻之一冒頭部

 爰に江戸浅草の地内に、志道軒といへるえせものあり。軍談を以て人を集、木にて作りたる松茸の形したる、をかしきものを以て、節を撃て諸人の臍を宿がへさせる、猥雑滑稽、耳を抓で尻のごふ程、取つても付かぬ歯なしの口をくひしばり、そこらだらけが皺だらけなる顔打ちふり、或は白眼にして、他の世上の人を、味噌八百のめつぽう矢八、九十に近き痩親父にて、女形の身ぶり声色まで、其趣を写すこと誠に妙を得たりと云ふべし。其説くところは、神儒仏のざく/\汁、老荘の芥子ぬた、氷の吸物、稲光の油あげ、跡も形もないて居る子も笑ひ出し、草履つかむやつこらさまでが、何やら坊といへば、志道軒としる程の、古今無双の坊主なり。されば江戸に二人の名物あり。市川海老蔵と此志道軒親父なり。然るに柏莚は世を去つて、今残る処の志道軒、江戸に一人の名物といふべし。故に一枚絵・今戸焼を始として、祭のあんど・髪結床の障子にも、此親父が形を画き、すばしりの頭・松茸を見ても、志道軒を思ひ出してをかしくなるは、誠に目出度き親父なり。

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菊池真一 mailto:kikuchi@konan-wu.ac.jp or kikushin@kikuchi.dddd.ne.jp