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築地草 一 梅雨となりて今年はわけて暴風雨模様の日多かりしかば住吉詣もいつしかおろそかになりぬ。其頃より新富町の裏手を流るゝ掘割づたひ八丁堀の講釈場に半日を暮しけり。 一 八丁堀には向ひ合て講釈場二軒もあり。路地の奥なる寿亭とかよぶもの家も古びて薄暗く昔めきてよし。勝手口に葡萄棚ありしと覚えしが其のさま人情本の挿絵なぞ見るやうにて今に忘れがたし。 一 講釈といふもの久しく聴きたる事なかりき。今はいづれも故人となりし邑井一小金井芦州なぞも知らぬにはあらねど、そは話し家の円朝義太夫の播磨太夫なぞ聞き歩みし頃のことにて数ふれば二十余年の昔なり。然るに去年ふと須田町の四辻にて俄雨に逢ひ柳原の小柳亭に馳け込みし時一立斎文慶が村井長庵の一席聞きしより講釈をば此の上もなく嬉しきものに思ひそれよりは大久保の家の遠きをいとはず折あれば金車小柳福本あたりの破畳に半日を寝そべりぬ。 一 当今の世都下の劇場電気燈徒に明くして俳優の技芸ます/\邪道に陥り、落語は只一人の真打を待たせんが為に数番のステヽコを演ぜしめ、長唄は謡曲を模して至れりとなし清元は一中河東を犯して上品がる。皆その本領を没却して顧みざるの有様かゝる芸道の末世にありてわれ偶然一立斎文慶が講釈を聴きそゞろ感涙を催しけり。 一 かへす/\文慶は惜しき事してけり。文慶が訃世に伝はりしは今年の春かと覚ゆ。都新聞の紙上にそのころ委しき伝出でたれば人猶記憶すべし。われ文慶を尊敬して止まざるは此人三十年来紳士の宴席に招かるゝ事あるも決して行かず、これ其の芸を縛らるゝ事を快しとせざるが為なりとて、高座にても憚る所なく当世紳士の無智を罵り併せて新聞屋の芸評を嘲るが故なり。文慶は宝井馬琴と共に誠に痛快なる当世の罵倒家なり。そも/\嘲世罵俗以て人の頤を解しむるは男根の形したる木を以て机を叩きしかの風流志道軒以来此の道の本意ならん歟。 一 講釈師通の説を叩くに当今斯道の上手は錦城斎典山に肩をならぶるものなしとか。われこの人の小夜衣双紙天保六歌仙伊賀の水月佐野治郎左衛門なぞ皆心して聴きたり。誠に人のいふごとく上手には相違なけれど何となくその芸に衒気あるが如く思はるゝは大に惜しむべし。典山はおのけの芸をばあまりに無駄なきやうにと心掛け、聞くものをして深くおのれの芸に感服せしめんものとあまりに苦心し過ぎるが為めか、却て自由奔放の気を失ひ手奇麗な細工物のやうになりて其の芸往々せゝこましく小さくるの傾を免れず。これ正に五代目菊五郎の舞台にも比すべきにや。われ典山の技を以て上手過ぎたりと云はんとす。 一 世人屡神田伯山を以て典山に対せしめんとするが如し。然れども今日の伯山は決して典山に頡頏し得べきものならず。もし伯山を論ぜば伊東陵潮こそ其の好敵手なるべけれ。伯山が清水の治郎長を聞くに其の芸愛嬌もあり勢もありて誠によしと雖そは唯一晩の事なり。二晩三晩とつゞけて聞けば其の調子いつも同じやうにて忽人を飽かしむ。花やかなるのみにて実少きは伯山の技至らざる所ならずや。彼は弁舌極めて流暢なれども種々なる階級の人物を舌頭に活躍せしむる事典山に及ばず。典山に至りては片言隻語よく町人武士大名侠客妓女妻妾の面目を聴者の眼前に髣髴たらしむ、誠に得がたき芸なりといふべし。典山をして今一歩を進めて所謂名人の域に入らしめんとせばそは唯無邪気になりて人に聴かすといふ心を去らしめん事のみ。願くはあまりに細心に過る事勿れ。然らば円熟老練の技おのづから自由自然の余裕を生じて天下一品のものたるに至らん歟。 一 松鯉馬琴は斯界の古老なりと云ふ。われ松鯉の水滸伝を聞きて漫に国芳が錦絵の筆力と彩色を思出たり。松鯉の芸は一席二席位にてはこれと感心する処なけれど日毎日毎に聞き行けば何処と云はれぬ処にうま味生じ来りて忘れられず、これ等を以て真の老練と云ふならんか。馬琴は松鯉に比すれば一廻りも若きだけはでな処あり。この人弁舌もさして流暢と云ふにはあらず音声も濁りて調子に変化少なけれどいつも元気よく高座にてしやべる事如何にも愉快さうに見え聞く人自ら愉快となる。江戸児の痛快なる罵倒は文慶なき後この人を除きてまた他に聞くべからず。幸に老いてます/\壮なれ。 一 小金井芦州を聴きしは僅両三度に過ぎず。果してその得意とする処の読物の何たるや定連ならぬ我には知る由なけれど其の技其の年配おのづから斯道一方の棟梁たるを示して余りあり。一体の読み振り伯山の如くはでならず又典山の如く繊巧ならざる処自ら悠然として迫らざる趣を生じ楽に話を聞かせる事此人の一流と覚えたり。蓋し多年熟練の功なるべし。 一 正流斎南窓は今幾代目を継ぎし人にや、われ其の技よりも先其の怪異なる容貌と風采とを喜び迎ふ。海坊主のやうなる肥満の老人黄八丈の二枚重に牡丹餅大の五紋つけたる浅葱羽二重の羽織着て、便々たる太腹より音吐朗々として読出る修羅場の軍談両国の昔も思出らるゝ心地す。総じて講談師の風采老壮の別なく当世らしからぬこそよけれ。伯山のにがみ走りし面長の両鬢深く抜け上りたるは何となく親分らくし典山の貉顔して客を馬鹿にしたやうなる、芦州の書生羽織に白縮緬の兵児帯太く巻きつけたる、或は英昌が市楽の小袖ひけらかしたるなぞ皆当世のものならず。 一 義太夫語は故人大隅の如く偉大なるこそ頼もしけれ。三味線弾きは背円くかゞみて顔ひよつくりと突出し肩衣も取つてつけしがやうに似合はしからぬなど却てよきものなり。講釈師の美男なるは高座に適せず風采間の抜けざるは却て芸にすきある虞あり若手の連中心得べき事ぞかし。 一 われ講釈場に通ひそめてより漸く心付きしは講釈と芝居との関係なり。狂言の筋立を講談続話などより取来れるものは両者を比較対照せん事、啻に作者が技倆の如何を知らしむるのみに止らず、引いて俳優の技芸を看るにも亦思ひの外の心得となること多し。流石に岡鬼太郎君は劇評家の泰斗なり。先頃帝国劇場髪結新三の狂言に鬼太郎君は尾上松之助の大屋を称揚するに当りて此の話を得意とせし落語家某が事を合せ語られき。何にかぎらず芸評といふものほど六ケ敷はなし。わけもなくあれは面白からずこれは陳腐なりと独天下の芸術論する人の心ほど推測られぬはなし。 一 芝居と浄瑠璃と講釈とは其の演芸各類を異にすれども動作を現し伝ふる事を専らとしこれを興味の中心となす処一なり。人物の心理を描写し解剖せんとする時あれば之れが為めに殊更にまた或る動作を設出して常に外面の変化よりして内面の如何を窺はしめんとす。錦城斎典山は往々人物の胸中を語出して猶且人を飽かしめざる処あり。非凡の芸といふべし。 一 芝居の殺し捕物立廻りは講談にても亦興味の中心なり。近頃の芝居は変梃に西洋がゝりて糊紅を見せる事稀にとんぼ返りも奇麗には行かぬやうになりたる折から流石講談界には猶江戸伝来の特技を磨く者の絶えざるこそ嬉しき限りなれ。 一 佐野治郎左衛門が吉原百人斬荒木又右衛門が伊賀越の仇討なぞ耳に聞く講釈と目に見る芝居の立廻りを思くらぶるに目に見るものよりは耳にきくものこそ気合迫りて凄味深けれ。怪談に至りて更にこの感あり。 一 盆過ぎてよりは炎天の日盛り歩むに苦しければ講釈場へもおのづと足遠くなりて、我家の二階の窓南向の風入よきを幸独棲みの家の中憚るものなければひろ/\と明け放ち唯午夢をのみ貪るに今年の夏ばかり蝉の声聞かねば、寝覚の手枕何となく異様の心地して、折々は遠く旅に在るが如き思するもをかしかりけり。 大正四年乙卯臘月稿 |