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衰へた夕日のやうな入梅の薄日和、牛天神の森陰に紫陽花の花咲く頃、又は旅烏の群の啼き騒ぐ秋の夕方、沢蔵稲荷の銀杏の樹の止む時もなく落葉する頃、私は散歩の足を伝通院の門外なる大黒天の階に休める度々、そこに安置された昔の儘なる賓頭廬の像を撫でゝ変り果てた小石川の故里に、過ぎ去つた時代の人達の今頃はどうなつて仕舞つたかを思はずには居られない。 そも/\私に向つて、母親と乳母とが話す桃太郎や花咲爺の物語の外に、最初のロマンチズムを伝へて呉れたものは、此の大黒様の縁日に欠かさず出て来たカラクリの見世物と辻講釈の爺さんとであつた。 二人は何処から出て来るのか無論私は知らない。然し私がこの世に生れて初めて縁日と云ふものを知つてから、其後小石川を去る時分までも二人の爺は油烟の明の中に幾年たつても変らない其の顔を見せてゐた。其れ故或は今でも同じ甲子の夜には同じ場所に出て来てゐるのかも計られぬ。 カラクリの爺は眼のくさつた元気のない男で、盲目の歌ふやうな物悲しい声で、「本郷駒込吉祥寺、八百屋のお七はお小性の吉三に惚れて……。」と節をつけて云ひながら、カラクリの絵板につけた綱を引張つてゐたが、辻講釈の方は歯こそ抜けて居れ眼付のこわい人の悪るさうな爺で、余程遠くから出て来るものと見え、いつでも鞋に脚半掛け尻はしよりと云ふ出立で、帰りの夜道の用心と思はれる弓張提灯を、腰低く前で結んだ真田の三尺帯の尻ツぺたに挿してゐた。縁日の人出が二人三人と次第に多く其の周囲に集ると、爺さんは煙管を啣へて路傍に蹲踞んでゐた腰を起し、カンテラに火をつけ、集る人々の顔をずいと見廻しながら、扇子をパチリ/\と音させて、二三度つゞけ様に鼻から吸ひ込む啖唾を音高く地面へ吐く。すると始めは極く低い皺枯れた声が次第/\に専門的な雄弁に代つて行く。 「………あれえツと云ふ女の悲鳴。こなたは三本木の松五郎、賭場の帰りの一杯気嫌、真暗な松竝木をぶら/\とやつて参つた………」 話が興味の中心に近いて来ると、いつでも爺さんは突然に調子を変へ、思ひもかけない無用なチヤリを入れて其れをば聞手の群集から金を集める前提にするのであるが、物馴れた敏捷な聞手は早くも気勢を洞察して、半開きにした爺さんの扇子が其の鼻先へと差出されぬ中にばら/\逃げて仕舞ふ。すると爺さんは逃げ後れたまゝ立つてゐる人達への面当らしく、「彼奴等ア人間はお飯喰はねえでも生きてるもんだと思つてゐやがらア。昼鳶の持逃野郎奴。」なぞと当意即妙の毒舌を振つて人々を笑はせるかと思ふと罪のない子供が知らず知らずに前の方へ押出て来るのを、又何とか云つて叱りつけて自分も可笑さうに笑つては例の啖唾を吐くのであつた。 |