中村幸彦「講談」

(『日本庶民文化史料集成』第8巻。昭和51年8月31日)



 近世の講談が、太平記読みに始まるとする江戸の考証家達の説は、もう無視してよかろう。読み方なり、題材なり、口演形式が太平記のみから来たとすることは、元禄年中、赤松青龍軒が原昌元と名乗って、『太平記』を講じたことが事実としても、証し得ない。それより前に大阪では甫水とか道久とか云ふ連中が、大衆の前で『太平記』を読んでいるけれども、それと同時に、『源氏物語』、『徒然草』謡曲、『伊勢物語』『曾我物語』も大勢を相手に読まれており、「評判」と付した末書を持つものは、『太平記』の外に、『平家物語』『義経記』等もあった。いや、『好色一代男』は『国性爺合戦』の講釈のことが、うそは誠か、浮世草子には見えたりする(拙著『近世小説史の研究』所収「仮名草子の説話性」)。太平記読みはその一つであって、内容の面白さからやや後まで、幕初の傾向がつづき且つ、大衆化も甚しかったからである。それでも先ず『太平記』の講釈から初めれば、中世以来の太平記読みの軍学・政治の参考としての読み方から、興味本位に変っていったのが、江戸で云えば原昌元の時代であった。上方では京都に原栄宅(『本朝世事談綺』の「原永●」は同人か)があって、二人の子供も続いて太平記講釈を試みたが、これが又娯楽化したものであったらしい。近松の『大経師昔暦』に出る赤松梅龍にもしモデルがあったとすれば、原・赤松など称した系統があったこととなる。ちなみに末書『太平記綱目』の編者は原友軒であった。「楠が御目見えをする講釈場」(元禄十四年『寄太鼓』)などと詠じられたのも娯楽化の称である。しかしやがて御記録読みや、『太閤記』などの近い時代の題材にとって変られる事となる。
 むしろ講釈の源流を他に求めて、早くからの神道講釈や仏教の説教にも及ぶべきであろう。仏教の説教僧からは落語家を輩出したらしく、講談とたえず、近世を通じて関係あったのは神道講釈である。最も早く、最も広く、且つ娯楽性をも挿入して流行した神道講釈は、天神記である。平安末のものの残る絵巻物の天神縁起からして既に舌耕的である。恐らく室町時代に入っては甚しく面白くなった『菅家瑞応録』なども出た。民衆に関心深い神とは、天神・御霊・神田明神等々と皆たたりをなす神である。人であった時は一度は皆叛臣逆臣であった。その点、正成や義経にも、由井正雪や様々の御家騒動の主人公達にも共通するものがある。筆者は、古今に通ずる講釈師の持つ批判精神の源流は、この神道講釈にあるように考えている。『翁草』に原栄宅らと共に上げられた、今岡丹波(後に出雲)は、洛西裏之門稲荷の神職、源広道であった。享保から、宝暦頃まで、舌耕界は正に百家放声であって、雅俗様々の舌耕の出現する中で、京都に増穂残口の如き、新神道に、男女平等、恋愛自由の説などもとり入れ、若者達に信仰を得た人物も出現した。安永の頃、国本淡路守なる人物の大阪で流行したことを前掲したが、その跡を舎楽斎なる人物がついだとは、又『苛珍泊』の伝える処である。幕末の上方には、玉田永教が活躍した。諸国を廻って講釈して、著述も多い人であるが、京都吉田神社の神学館主と称してもいる。ひそかに思うにこの後上方に多い玉田姓の講釈師は、この人に出たのではなかろうか。狂詩集『太平三曲』に、神道者を詠じて、「借席宮寺裡、講釈為口過、不言真占事、道戯取落多」と云う。当時の神道講釈の実情を伝えるものである。『太閤記』を読んだ人に、京都に岡本文助、沢村綾助があった。二人の『太閤記』には珍説が多かったと、『翁草』の神沢杜口は云っているが、しかし如何にも根拠がありそうに聞えたとは、称讃の語であろう。岡本姓に大阪に主計なるものがあって、実録体小説柳沢騒動の一異本『元宝荘子』(寛延三年成)を書いている。これも講釈師と見てよく、もと井伊家の武士であったと云う。御家騒動を口演していた者と見てよい。同じく伊達騒動を読んだ人に、「浪華南陽隠士森氏回生堂昌房」がある。これも実録体小説の一異本『全書仙台萩』に序したのは、明和七年であった。享保四年赤穂義士伝の『太平義臣伝』を刊して、絶版を命じられた、穂積以貫の友人片島深淵子の如きも、一種の講釈と見てよいかも知れない。外に仇討物で評判をとったのは、勅使河原源内信行で、宝暦四年刊の『大和国非人仇討実録』は、この人の舌耕で、備後浪人の子孫で軍書を講じ大阪に鳴ったと云う。現に大岡春卜の『戯画百人一句』に、「見物をしかるか花のすみれかな」とある。見識家であった。更に仇討物で一世をうならせたのは、大阪を代表する初代吉田一保である。安永五年十二月二日から百四十日の長興行となった奈河亀輔の歌舞伎『伊賀越乗掛合羽』は角書に「読切講釈」とした。これは一保の講釈伊賀越仇討によったとの証である。
(以下省略)

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菊池真一 mailto:kikuchi@konan-wu.ac.jp or kikushin@kikuchi.dddd.ne.jp