|
人は或はわたくしに忠告して、わたくしの言の俗耳に入り難く、随て新聞紙に載するに適せざるは考証あるがためだと云ふ。わたくしも必ず否とは云ひ難い。しかしわたくしは今こそ寄席劇場に遠ざかつてゐるが、少壮時代には殆毎夕寄席に往き、殆毎月劇場に入つた。そして講釈師が既往の事跡を討ねむがために、わざ/\其境を踏破し、席に上つて旅次の見聞を叙するを聴いた。又俳優の故実を問うて技芸の上に応用するを観た。明治初年の聴衆看客は啻に之を厭はざるのみならず、却てこれを懌んだ。今の新聞紙を読むものが果して言の考証に渉る毎にうるさがり、もどかしがり、絮語聞くに堪へずとなすならば、是は時運の変遷である。わたくしは多大なる興味を以て此変遷に留目する。わたくしは復自家の文章の世に容れられざるを憂ふるに遑が無い。或は想ふに此の如きは聡明なる操觚者の夙く知る所で常識なきわたくしが独遅れて醒めぬのであらうか。果して然らばわたくしは愈その妙なるを覚える。わたくしは復自家の檮昧を欺くに遑が無い。
|