鶯亭金升『明治のおもかげ』

(昭和28年11月30日)


 三笑人

 明治の蝶花楼馬楽(千枝)は弥太ッ平と言はれて落語家中の畸人であつた。或年の春、浅草でフト講談師英昌、伯龍の二人に逢ひ、「何うだい、是から廓へ繰込まふ」「宜からう」と遊び仲間の三人が忽ち同盟。「サァ出かけやう」となると、
「只行くのは面白くないネ、何か一趣向して行かうじやないか」と馬楽が言出した。
「じやア何うする」
「何か考へが有るかい」と二人が尋ねると馬楽は首を捻つて居たが、
「ウン、うまい事を思ひついた。二人刑事になつて一人は罪人になるのサ、腰縄で引かれて行くと言ふのは何うだい、面白からう」
「面白くはないよ、刑事の役はまだ宜いが縄にかゝる役はつまらねエ」
「それじやア俺が泥棒になるから君は刑事になれ」
「それなら行つても宜い」と英昌と伯龍が刑事になつて馬楽に腰縄を掛け、仲見世をブラリブラリと歩いたので、往来の人は胆を潰した。
「アレ、馬楽じやないか、刑事らしい人に縛られて行く。オヤ、何だ、刑事は伯龍だ。此奴は可笑しい」とゲラ/\笑ふ。知らない人は真物だと思つて変な顔をする。子供がゾロゾロ尾て行くと言ふ騒ぎ。其処へ通りかゝつた頑固な某席亭の主人が此の体を見るより苦い顔をして、
「オイ/\、何だつて馬鹿な真似をするんだ、警察の方にでも見られたら大変だ。それでなくつても色消しな悪巫山戯は止さねヱか」と呶鳴りつけられて三人大凹み「何うも済みません」と刑事も泥棒も狐鼠々々横丁へ逃込んでしまつた。


鷲の鶏卵

 猫遊軒伯円は松林伯円の高弟で、明治の代に新講談で売出したが、北海道の講談をやつた時に、うつかり調子に乗つて「深山の木の上に鷲の鶏卵がありまして」とやつたので客は笑い出した事がある。それとは違つて田辺南龍は軍談になると弁説滔々水の流るゝ如く、武者押しの処で「ノン/\ズイ/\」と盛んにノン/\をやつた中は宜かつたが、油が乗つて来て一調子張り揚げ「其の勢ひ猛虎の如く、モウは牛なり、コは虎なり」とやつたには驚いたけれど、夢中で聴いて居る客は、些も笑はなかつた。


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菊池真一 mailto:kikuchi@konan-wu.ac.jp or kikushin@kikuchi.dddd.ne.jp