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第八章 地方都市町人の学芸享受 (氷見の蔵宿業・町役人である田中屋権右衛門の日記『応響雑記』より) 第三節 芸能の享受 (2)軍書講釈 軍書講釈の記事は文政十一年(一八二八)二月十六日以降にみえる。夜、氷見湊町料亭海岳楼酒屋善七(敬斎)方で富山藩家中の次男某が「甲越軍記」を語り「よほと上手」であった。その際会場には客も多く、殊に氷見俳諧仲間の殿堂ともいうべき風雅堂の連中も多く親しい友人である田中屋平右衛門とともに権右衛門は小間で「密々聞」いていた。軍書講釈の場として氷見南中町蒲田屋理兵衛(雨晴)宅が頻繁に利用されており、そこへ金沢において「軍書語り名人」と評判の高かった渡辺一得斎とその倅、また弟子量仙がしばしば来演しているが、権右衛門は理兵衛宅だけでなく、金沢においてもよく聞いている。権右衛門の心を満たしてくれたのは、弘化二年(一八四五)十月末から十一月初めにかけての江戸軍書舌講師円山尼の来演であった。円山尼は馬円と改め文政期名古屋にしばしば来演し評判を得た。当然権右衛門も噂を耳にしていたと考えられる。十月二十六日蒲田屋理兵衛宅で軍書講釈が始まるとのことで仲間と出かけたが、伏木から来演する予定の円山尼が遅れ、荷物だけが夕方届いたというので、「大勢の聞人むなしく帰」った。翌夕蒲田屋から案内があり、円山尼が今夕到着、早速軍談を始めるとのことで、権右衛門は出向いたがすでに「よほど群集し」ており、「大久保武蔵鐙」、「太閤記」を「甚面白ク」聞いた。翌二十八日も前夜の続きで「今夜の人入誠ニ群集、遅キ人ハ寄付きかたき程」であった。「大久保武蔵鐙」は十一月三日まで六夜連続「太閤記」は八夜で読み切り、五日は一夜休み、「大久保武蔵鐙」の後「伊賀越実録」は四夜続き、いずれの夜も大入群集し、「女尼なからよほと名人、一得斎とハ少シ上手の様ニ覚られ候」と評している。その間十一月一日「太閤記」が夜四ツ頃終った後、なお二〇人斗り残って別に「伊賀越敵討」の内の荒木又右衛門と柳生飛騨守の試合一件を聞き満足して夜半過帰宅している。円山尼の軍書講釈は好評のうちに終り十日富山へ向け出立しようとする前夜小久米屋四兵衛宅に円山尼を招き、権右衛門らの仲間内で「三河後風土記」、「一言坂御退口」、「三方か原御合戦」を四つ過ぎまで聞いている。一般の席以外に仲間で特別席を設けて聞くというのは余程円山尼の講釈に聞き惚れたものとみえる。近年は足芸、軽業に留まり絶えて歌舞伎芝居を見ることのないなかで、円熟して巧みな円山尼の軍書講釈はその場面を彷彿とさせるものがあり、さながら芝居見物の気分に浸らせる迫力があったのであろう。 軍書講釈への関心(年月日、演者、演目・寸評の順) 文政11.2.16 富山藩家中次男 甲越軍記 天保6.2.21 高岡の人 由井根元記 上手ニてハ無御座。 天保6.5.6 金沢得斎、その息子14歳 姨か森敵討平井権八の段甚面白。 天保8.8.3 一徳斎 仙石家騒動落着の所柴田勝家魚津にて越後勢と合戦の一段 天保9.10.26 一徳斎 忠臣蔵義臣伝、太功記 天保9.10.28 一得斎 関ヶ原合戦 甚面白く。 天保9.11.16〜18 一得斎 先日の跡忠臣蔵、太功記 天保9.11.23 一得斎 名君順功記 天保9.11.24 一得斎 忠臣義士伝、太功記 天保9.11.28 一得斎 今夜にて相済、今石動へ行く由。 弘化元.1.29 一得斎、倅、弟子 曾我物語、太功真顕記甚面白く 弘化元.7.21〜26 一得斎倅22、3才 弘化元.8.24 一得斎 伊達評定、松前鉄之助忠義ノ段志津か嶽合戦面白く 弘化元.9.14 一得斎 先夜の続き 弘化元.9.24 一得斎 先夜の続き 弘化元.10.21 量仙(一得斎門人) 大坂天下茶屋敵討。よほと面白く。 弘化元.10.22 量仙 伊賀越千田川合戦大入り、跡にて30人斗残読切物嶺厳島敵討一段 弘化元.10.28 伊達評定、太閤記秀吉公高松退口の段 弘化2.4.4 一得斎 慶安太平記、彦山霊験記 弘化2.4.9 一得斎 慶安太平記、太閤西国攻 弘化2.4.26 一得斎 小泉親子の何と歟申読切もの 弘化2.8.18 一得斎 軍談噺語りの寄せ 弘化2.10.27 江戸円山尼(50余才) 大久保武蔵鐙、太閤記明智光秀信長公江遺恨の始、甚面白く 弘化2.10.28 江戸円山尼 大久保武蔵鐙、太閤記甲州恵林寺焼討 弘化2.10.29 江戸円山尼 大久保武蔵鐙、太閤記光秀亀山ニ而勢揃迄 弘化2.11.1 江戸円山尼 大久保武蔵鐙、太閤記本能寺合戦 弘化2.11.2 江戸円山尼 大久保武蔵鐙、太閤記信長公最期 弘化2.11.3 江戸円山尼 大久保今夜で読切、太閤記信忠公と明智接戦 弘化2.11.4 江戸円山尼 伊賀越実録、太閤記信忠公生害 弘化2.11.6 江戸円山尼 伊賀越実録、太閤記諸将上洛 弘化2.11.7 江戸円山尼 伊賀越実録、太閤記焼香場読切 弘化2.11.8 江戸円山尼 伊賀越実録、太閤記今夜にて相済 弘化2.11.9 江戸円山尼 三河後風土記一言坂御退口、三方か原合戦 弘化3.2.12 富山省斎 慶安太平記、のち画事 弘化3.3.22〜23 江戸円山尼 大岡政要記、伊達厳秘録 弘化4.6.8 一得斎門人 弘化4.11.27 大岡政要記小間物屋彦兵衛吟味の段 嘉永元.6.6 嘉永元8.12 了泉(一得斎門人) 赤穂義臣伝末敵討の段、数奇の人々まて聞に行、漸6、7人 嘉永元8.13 了泉 義士の人々大名四軒江御預。無人也。 嘉永元8.15 了泉 赤穂義士伝、小田原女敵討始末 嘉永元8.22〜23 石井明道志 嘉永2.閏4.12 嘉永3.1127 嘉永5.3.12〜14 金沢太流、燕養、燕鏡 燕養長篠大合戦、伊達評定対決場3人にて懸合、よほと大入り。 嘉永5.3.15 金沢太流、燕養、燕鏡 仙代川合戦福島明士伝 嘉永5.9.22〜23 燕鏡(一得斎門人) 中山瑞夢伝、義士岡野金右衛門伝 安政3.4.23 一得斎、燕養、燕谷、敬斎等6人代り代り語る 大坂御軍記 |