Q&A

「大坂」と「大阪」はどう違うのですか。

『大阪の町名』(清文堂。昭和52年発行)という本に、次のように書いてあります。

 江戸時代の大阪は主として大坂と書かれていた。しかし阪の字を用いた例も少なくなかった。すなわち『大阪両替手形便覧』(安政六・文久二・元治元年発行)・『大阪商工銘家集』(弘化三年刊)などは阜偏(こざとへん)を用いているし、地図を見ても『増修改正 摂州大阪地図』(文久三年)・『摂津大阪全図』(文政八・天保八年)・『摂州大阪地図便覧』(弘化二年)・『万寿大阪細見図』(文久三年)など、阪の字を使用した例が多い。
 林秀雄氏は道標や灯籠の文字を逐一検討して、「阪」の字を使った一番古いものは住吉大社の表通りにある石灯籠で、天明六年(一七八六)の作だという。そして文化・文政頃には「阪」の字がかなり使われるようになったと考証している。浜松歌国が文化五年(一八〇八)に執筆した『摂陽落穂集』には、「ある人のいはく、大阪と書くに坂の字を用ゆること心得べし、坂の字は土偏に反るといふ、土に反るとあるゆへ忌みきらひ、阜偏に書くべしとなり」とある。そして次第に混用時代になる。
 また明治以後になっても『大坂府職制』(明治八年)『大坂四組町名一覧』(明治三年)『大坂市中地区町名改正絵図』(明治五年)があり、明治五年発行の『市中制法』『郡中制法』の奥付は大阪府となっているが、公文書にも二通りあり、公印にも「坂」と「阪」がある。大体において明治になって「大阪」に、次第にいつとはなしに一定されるに至ったものと思われる。
 以上のように、大阪の呼称も浪速・浪華・難波津・渡辺の津・大江の辺・楼の岸・大江の岸・石山・小坂・大坂、さらには大阪となって、幾変遷して来ており、決して固定的なものではない。時代によってその呼称も変わって来ているわけであるが、いまもなお通称としては浪速(なには)とも難波(なにわ)ともいわれていて、それなりに生き残っているともいえる。

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「鳥」へんに「巣」という字は、何と読むのですか。

『諸橋大漢和』にもありませんが、『今昔文字鏡』によれば、国字で、訓は「ひな」とあります。なお、右側の「巣」の上の方は、「ツ」ではなく「く」が3つです。『今昔文字鏡』のホームページへは、本ホームページのリンク集Bからジャンプできます。

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講談の始まりはいつ頃ですか。

詳しくは本サイトの「講談」の中の「講談資料」の諸項目を見て下さい。できれば、原本に当るとよいかと思います。
簡単に言うと、古くは説教(経典講釈)や神道講釈・古典講釈に淵源を求めることができるが、話芸としての講釈は、江戸時代に、太平記読みや軍書講釈から発展したものである。

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講談が衰退したのはどうしてですか。

次に挙げるような色々な理由が考えられますが、簡単に言えば時代の趨勢ということでしょうか。余程の天才釈師が現われない限り、一般に講談がもてはやされるのは難しいでしょう。「講談」という言葉すら知らない若者が増えています。
1明治中期以降浪花節(浪曲)が盛んになり、客を奪われた。(浪花節は講談を簡略化し、節をつけたようなもの)
2世話物に傾き、果ては落語化し、講談の独自性を失った。
3本来の講談は長いものであり、何日も続けて聞くものであるが、世の中がせわしくなり、そのような悠長なものに付き合う人がいなくなった。
4際物読み(ニュース性の高いもの)で人気を博した時期もあったが、これも新聞・週刊誌・ラジオ・テレビにとって代わられた。
5講談速記本や書き講談の形で活字化され、読めば分かるというので寄席へ行かなくなった。
6明治後期以後、活動写真(映画)が大流行となり、客を奪われた。
7第2次世界大戦後はTV放送が始まり、映画すらそのために衰退した。


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パソコン・ワープロでは「葛」「鯵」と出ますが、辞書の字はこれと少し違います。どちらの字体を使い、教えたらよいのでしょうか。

 ここで問題にしているのは、常用漢字以外の漢字です。

 まず初めに用語の定義をしておきます。
 正字体(旧字体)……『康煕字典』の書体。
 新字体(通用字体)… 常用漢字表に示された字体(旧字体を改めたもの)。
 俗字体(略字体)……『康煕字典』の書体を簡略化したもの。下に同じ。
 異体字(代用字)……『康煕字典』の書体とは違うもの。上に同じ。
 JIS漢字   ……パソコン・ワープロに搭載されている漢字。
 表外字  ……常用漢字でない漢字。

 常用漢字の字体は、当用漢字の字体整理方針を受け継ぎ、正字体でないものを多く標準的な字体として掲げています。この整理方針を、常用漢字以外の漢字にも及ぼして新しく作った字体を「拡張新字体」といいます。これが御質問に例として挙げられた葛・鯵などです。ワープロ・パソコンや新聞などではこの書体がよく使われますが、一般の出版物においては、拡張新字体を避け、康煕字典体で書くのが普通です。
 印刷所では康煕字典体を用意している所が多いし、たとえ無い所でも、はめ込み・切り貼りはできるはずです。ただ、フロッピーを原稿として渡したり、ワープロ・パソコンで印刷したものを原稿として渡したりすると、当然康煕字典体にはなりません。校正の際に注意が必要です。
 もちろん、拡張新字体で構わない、という方針もあり得ます。しかし、御質問の例に挙げられた「葛」と「鯵」とでは性質が若干異なりますので、説明しておきます。
 JIS漢字には、常用漢字の場合、新字体・旧字体両方が含まれているものもあります。同様に、表外字の中にも、拡張新字体・正字体の両方が含まれている場合があるのです。「鯵」の他に「鰺」があります。「葛」の場合には正字体が搭載されていないので、選択の余地はありませんが、両方ある場合どうするのか、それも考えておく必要があるでしょう。
 表外字の中で、拡張新字体・正字体の両方がJISにあるもののうち、主なものを挙げておきます。
兎(4546) 兔(513D) 尓(5575) 爾(3C24) 弍(5031) 貳(6C48)
亘(4F4B) 亙(4F4A) 侭(4B79) 儘(5056) 函(4821) 凾(5162)
抬(5A2D) 擡(5A2C) 撹(3349) 攪(5978) 篭(4F36) 籠(6446)
曽(413E) 曾(413D) 亘(4F4B) 亙(4F4A) 桧(4930) 檜(5B58)
涛(4573) 濤(5E39) 渓(374C) 溪(5E64) 潅(3443) 灌(5E75)
砺(4557) 礪(626A) 鼠(414D) 鼡(736B) 薮(4C79) 藪(692E)
蛎(3342) 蠣(695A) 賎(4128) 賤(6C4D) 迩(4676) 邇(6D6E)
頚(375B) 頸(7074) 鴬(3229) 鶯(7274) 鶫(732A) 鶇(7329)
麩(734F) 麸(7350)


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レポートに「挿」と書くと、先生が「插」と直すのですが、私の間違いでしょうか。

 それは先生の間違いです。その先生は、当用漢字の時代の教育が頭に巣食っていて、常用漢字の体系を知らないのだと思います。
 当用漢字は1850字ですが、常用漢字は1945字です。当用漢字にはなく、新しく常用漢字になったもののうち、字体整理をされたものが幾つかあります。一般社会生活においては、これらを新字体で書くのが正しいのです。
 例を挙げますから、よく覚えておいてください。
嫌 殻 喝 褐 缶 挟 酌 蛍
渓 溝 挿 桟 宵 尚 縄 壌
濯 塚 扉 頻 瓶 褒 戻 癒

 最後の「竜」ですが、橋本「龍」太郎は間違いか、というと、そうではなく、「龍」は「人名用漢字許容字体表」の中で、「人名漢字に使える旧字体」の一つに入っています。常用漢字の他に、人名用漢字というのもあるので、これも覚えてください。
 大学の国文学科の教授でも、常用漢字を知らなかったり、当用漢字を絶対と思い込んでいたり、現代社会の漢字の体系を知らない人は、結構いるようです。


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私の姓の「廣」は、実は正字体から「一」を取った字体なのですが、どうしてこんな字ができたのですか。

 一つの漢字には、色々なバリエーションがあるのが普通です。これは長い間手で書かれている間に、ちょっとした違いが色々と出て来るからです。正式な書き方でない字体を、一般に異体字と言いますが、近代、特に第二次世界大戦後、当用漢字・常用漢字が定められて、字体の整理は進みつつあるかにも見えますが、JIS漢字表には多くの異体字が載せられています。特に、戸籍関係では、本人の届け出を尊重するという立場から、色々な異体字が許容されているようです。
 「広」の正字体は「廣」ですが、これはディスプレイでは見づらいのですが、よく見ると、「广」の中に、「廿」があり、その下に「一」があり、その下に「由」があり、最後に「八」のようなものがある、という形になっています。異体字・俗字体の中には、この「一」のないものがあるのです。横線の一本ぐらい、なくてもいいや、というのは、誰でも考えることであり、やってしまうことではないでしょうか。
 因みに、繁体字「廣」の簡体字は「广」、簡体字「黄」の繁体字は「廣」から「广」を取り去ったものです。


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「々」は、何と読むのでしょうか。これは漢字でしょうか。

「々」は漢字ではなく、記号です。
読み方というものはなく、文部省は「呼び名」として「同の字点」と言っています。文部省教科書局調査課国語調査室作成の、「くりかへし符号の使ひ方〔をどり字法〕(案)」にあります。これは、文化庁編『言葉に関する問答集 総集編』の「参考資料」に載っています。平成7年発行で3800円。政府刊行物販売所で売っていますが、大きな書店なら置いている所もあります。
これによると、「ゝ」は「一つ点」、ひらがなの「く」の伸びたようなのが「くの字点」、JISにはないと思いますが、「ゝ」を二つ重ねたようなのが「二の字点」、「〃」が「ノノ字点」となっています。
これらの記号類は、一般に「繰り返し符号」「繰り返し記号」「踊り字」などと呼ばれています。
武部良昭著『なるほど常用漢字表』(日本評論社。2500円)69頁には次のように書いてあります。

最後に、この「々」について、これを漢字として扱うかどうかに触れておくことにする。漢和辞典の中には「々」を漢字として「ヽ部・二画」に載せているものもあるが、現代表記としてはこれを漢字として扱ってはいない。漢字と考えれば常用漢字表に掲げられていないから表外字となるが、現代表記で一般に用いるのは、「々」が漢字ではなく、符号だからである。漢字というのは「形(字体)・音(読み方)・義(意味)」を持つけれども、「々」は形だけを持ち、特定の音・義を持たないからである。読み方について一定の条件だけを示す点では、仮名に見られる濁音符号・半濁音符号・長音符号などと同じ性質であり、符号なのである。

また、朝日新聞社刊『日本語相談 二』(1000円)の118頁からは、
  「々」など繰り返し記号の由来は?
という問いに、大野晋氏が答えています。この日本語相談は、回答者別に編集し直されて、「朝日文庫」に入っています。大野晋の巻にあるかも知れません。(未確認)回答者は、大野晋の外に、丸谷才一、大岡信、井上ひさしです。

ワープロ・パソコンでは、「々」を出そうとする場合は単語登録をしておくのが普通だと思いますが、「オアシス」という富士通のワープロでは、「々」をカタカナの「ノ」と「マ」がくっついた形と見立てて、「のま」という読みで変換できるようになっているという話を聞いたことがあります。(実際にやってみたことはありません。ひょっとすると、その人が勝手にそういう読みで単語登録していたのかも知れません)

手元の漢和辞典には「々」は載っていませんが、三省堂編修所編の『必携 漢字辞典』という名の「字典」には、「同」の項目に、古字体として「仝」、俗字体として「々」が掲げられています。
「参考」として、

「々」は、漢字ではなく、くりかえし符号で、すぐ上の漢字をあらわす。「仝」の変化といわれている。おどり字。同の字点。

と書いてあります。由来については、大野晋氏はこれと違った説明を前掲書でしています。


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「〜」は、何と読むのですか。これは漢字なのですか。

 これは漢字ではなく、記号です。「読み方」というようなものはありませんが、「名称」はあります。日本エディタースクール編『校正必携』によれば、「波型」又は「波ダーシ」又は「波ダーシュ」となっています。
 私の愛用しているFEP(WXG)では、「から」という読みで「〜」に変換できるようになっています。
 『校正必携』には、「約物・記号・符号(非漢字)の名称」という一章があり、
1 記述記号
2 括弧類
3 数学記号・学術記号
4 単位記号
5 しるし物・記号類
6 仮名・ローマ字等 7 漢文の返り点
8 傍点(圏点)
9 ケイ(罫)線類の名称と太さの例
の9部に分けて、記号類の名称を記述しています。JISにないものも挙がっていますが、ここでは、
1 記述記号
のうち、JISにあるものの名称を書き写しておきます。

1 記述記号
(1)区切り記号
、 読点,ごま点,テン
。 句点,はしまる,マル
, コンマ
. ピリオド,フルストップ
・ 中黒,中点,中ポツ
: コロン
; セミコロン
? 疑問符,クエスチョンマーク,インタロゲーションマーク,耳
! 感嘆符,エクスクラメーションマーク,雨だれ
/ 斜線(菊池はスラッシュと覚えています)
\ 逆斜線(菊池はバックスラッシュと覚えています)

(2)くり返し記号
ヽ 片仮名繰り返し記号
ヾ 片仮名繰り返し記号(濁点)
ゝ 平仮名繰り返し記号,一つ点,一の字点
ゞ 平仮名繰り返し記号(濁点)
〃 同じく記号,ノの点
仝 同上記号
々 繰り返し記号,同の字点

(3)つなぎ記号
‐ ハイフン,連字符
― 全角ダーシ,全角ダーシュ
| 縦線
〜 波型,波ダーシ,波ダーシュ
… 三点リーダー
‥ 二点リーダー

(4)その他
゛ 濁点
゜ 半濁点
´ アクサンテギュ,アキュートアクセント,揚音符
` アクサングラーブ,グレーブアクセント,抑音符
¨ ウムラウト,ダイエレシス,分音符
^ アクサンシルコンフレックス,サーカムフレックスアクセント,抑揚音符
 ̄ オーバーライン,論理否定
_ アンダーライン
  間隔(スペース)
〇 漢数字ゼロ
ー 音引,長音符,長音記号


 また、「〜」と紛らわしいものに「~」があります。URLによく出て来るので御馴染みです。私は雑誌を読んで、「チルダ」又は「ティルダ」と覚えていたのですが、『校正必携』では、
1 記述記号
の、
(4)その他
の中に、
~  ティルド,ウェーブ
と出ています。JISコード番号はありません。JISにないものがキーボードにあるというのも変な話ですね。


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「同じ轍を踏む」「二の轍を踏む」という表現が、日本語として成立するでしょうか。。

1.
言葉が「正しい」かどうか、という判断には難しい所があります。
@何を基準として正しいと言うのか、どこに規範を求めるのか、が一つ。その規範からの乖離(ゆれ)をどこまで認めるか、が一つあります。
Aある時代には正しいとされていた物が、別の時代には間違いとされることもあり、その逆もあります。
Bある階層・グループ・世代では正しいものが、別の所では間違いとなるということもあります。
@については、昔はよく「『広辞苑』にあるから」という言い方がされましたが、一つの辞書が絶対に正しいということはあり得ないでしょう。
特にAの時代の変化によって、間違いとなったり、別の表現が正しくなったりすることが考えられます。
2.
「日本語として成立するか」という問いかけであれば、受け手が発語者の意図を了解することさえできれば、成立する、ということも考えられます。
3.
「轍を踏む」について、辞書類を調べた結果。
@『成語大辞苑』(主婦と生活社・1995)
 「前車の轍を踏む」の項目があり、関連語として「前轍を踏む」「覆轍を踏む」があります。
 面白いのは、「前者の覆るは後車の戒め」という項目の解説文の中に、「……この同じ轍を踏まぬよう心がけるべきで、」という表現があり、解説の最後近くには、「さらに殷の同じ轍を周が踏んでいる」という表現があり、最後には、 「覆車の轍」とも「前車の覆轍」とも、さまざまにいわれることわざである。 とあります。
A『成語林』(旺文社・1992)
 「前車の轍を踏む」の項目があり、「轍を踏む」「前轍を踏む」「覆轍を踏む」の空見出しがあります。
B『大辞林』(三省堂)『大辞泉』(小学館)
 共に「前車の轍を踏む」「前轍を踏む」「轍を踏む」の見出しがあります。
C『日本国語大辞典』(小学館)
 「轍を踏む」「前轍を踏む」の見出しがあります。
 「前車の轍」という見出しはありますが、「前者の轍を踏む」という見出しはありません。「前車の轍」の用例を見ると、『神皇正統記』『太平記』の例があがっています。
4.
学術的な観点といわれると困りますが、たとえ文部省がこれが正しいと言い、NHKがこれが正しいと言っても、言葉は流動的で変化するものなのです。
「前轍」と「同轍」とでは、本来の漢語としては全く違う意味なのですが、辞書編纂者や新聞記者や作家や、多くの人々が「同じ轍を踏む」という表現をし、それで意味が通じ、貴方のように疑問を抱く人が少ない場合には、それが正しい表現として通ってしまいます。さらには「同じような轍を踏む」という表現も出てきます。あと数十年すると、辞書に「同じ轍を踏む」という項目が用例つきで掲げられることになるかもしれません。
5.
「その轍を踏む」については、直前の文脈を見てみないとよくわかりませんが、「二の轍を踏む」は「二の足を踏む」の連想からきた、間違った表現だと私は考えます。しかし、これとても「二の轍を踏む」という表現が好まれ、多くの人々によって多用されるようになると、「間違いだ」という声はかき消されてしまうことになるかもしれません。
現時点では「同じ轍を踏む」なら分からないことはないが、「二の轍を踏む」はおかしい、と言えるのではないでしょうか。
5.
参考例1。
常用漢字表では「十」の字の音読みは「ジュウ」「ジツ」です。これに則れば、「十手」「十本」「十分」「十点」は、「じって」「じっぽん」「じっぷん」「じってん」となるはずです。
しかし、現実には「じゅって」「じゅっぽん」「じゅっぷん」「じゅってん」と発音している人の方が圧倒的に多いのではないでしょうか。
ある時テレビの音声で調べた所、9割以上が「ジュツ」でした。
参考例2。
誰かが「正鵠を射る」が正しく、「正鵠を得る」は間違いだ、と書いていました。
誰なのか、何になのか、記録しておかなかったのが悔やまれますが、その後、森鴎外も幸田露伴も「正鵠を得る」と書いているのに気づきました。鴎外・露伴よりもはるかに漢文力・漢語力において劣る、現代の学者だか評論家だかが、いくら間違いだよと言ってみても、説得力があるとは思われません。この点については、まだ詳しく調べていません。


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北原白秋の「五十音」という詩の最後の方に「雷鳥は寒かろ」という表現がありますが、「雷鳥寒かろ」と「は」のないものもあります。どちらが正しいのでしょうか。

 「雷鳥は」と「は」のあるのが正しく、白秋の意図する所であって、「五十音」が発音トレーニングの教材となった結果、口調を重んじて「雷鳥寒かろ」と「は」を取ってしまったものと推測されます。白秋が知ったら、青筋立てて怒るかもしれません。

1. 「五十音」の初出
「大観」という雑誌の大正11年1月1日号(5巻1号)

2. 「五十音」を載せた詩集
『祭の笛』大正11年6月10日刊。アルス発行。
この詩のタイトルの直後に、白秋は次のように書いています。
これは単に語呂を合せるつもりで試みたのではない、各
行の音の本質そのものを子供におのづと歌ひ乍らにおぼ
えさしたいがためである。

3. 「五十音」を引用した白秋の文章
「童謡私鈔」(大正12年1月1日発行「詩と音楽」2巻1号所収)
この中で、白秋は、
で単なる語呂合せのなぐさみから成つたものでは無い。
と、この詩に対する自信を述べています。

4. 「五十音」を引用した白秋の文章
『緑の触覚』(昭和4年3月3日発行。改造社)
この中でも、白秋は、
で、単なる語呂合せのなぐさみから成つたものではない。
と、述べています。

1は未見ですが、234は『白秋全集』(岩波書店刊)で見ることができます。
どれを見ても「雷鳥は」となっていて、「は」を欠いたものはありません。


参考までに、「五十音」の詩を引用しておきます。

    五十音

      これは単に語呂を合せるつもりで試みたのではない、各
      行の音の本質そのものを子供におのづと歌ひ乍らにおぼ
      えさしたいがためである。

水馬(あめんぼ)赤いな。ア、イ、ウ、エ、オ。
浮藻に小蝦(こえび)もおよいでる。

柿の木、栗の木。カ、キ、ク、ケ、コ。
啄木鳥(きつつき)こつこつ、枯れけやき。

大角豆(ささげ)に醋(す)をかけ、サ、シ、ス、セ、ソ。
その魚(うお)浅瀬で刺しました。

立ちましよ、喇叭(らつぱ)で、タ、チ、ツ、テ、ト。
トテトテタツタと飛び立つた。

蛞蝓(なめくじ)のろのろ、ナ、ニ、ヌ、ネ、ノ。
納戸(なんど)にぬめつて、なにねばる。

鳩ぽつぽ、ほろほろ。ハ、ヒ、フ、ヘ、ホ。
日向(ひなた)のお部屋にや笛を吹く。

蝸牛(まゐまゐ)、螺旋巻(ねぢまき)、マ、ミ、ム、メ、モ。
梅の実落ちても見もしまい。

焼栗、ゆで栗、ヤ、イ、ユ、エ、ヨ。
山田に灯(ひ)のつく宵の家。

雷鳥は寒かろ、ラ、リ、ル、レ、ロ。
蓮花(れんげ)が咲いたら、瑠璃(るり)の鳥。

わい、わい、わつしよい。ワ、ヰ、ウ、エ、ヲ。
植木屋、井戸換へ、お祭だ。

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質問はこちらへ(菊池真一)
E-MAIL: kikuchi@konan-wu.ac.jp or kikushin@kikuchi.dddd.ne.jp